重厚な装飾が印象的なサンチャゴ要塞へのゲート
イントラムロスの周りにはゴルフ場が作られており城壁の上から美しいコースを見ることができる
サンディエゴ・ガーデンの鮮やかな草花が目を引く
建築当時海水を入れて作られた堀の一部が今も残る
スペイン統治時代の面影をいまに色濃く残す(ECJビルディング)
天井こそ落ちているが大規模な要塞であったことを忍ばせる(baluarte de san diego)

イントラムロス

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イントラムロスとは、スペイン語で「壁にか囲まれた街」という意味。16世紀、スペイン人初代総督レガスピがフィリピン統治の本拠地として建設した城塞跡で、マニラの原型ともいえる。かつてはマニラ湾を中心に貿易都市としても発展したが、第2次世界大戦で破壊され、当時の建物として残るのはサン・オーガスチン教会のみである。それでもイントラムロス内にはスペイン統治時代からの長い歴史を伝える風景がいたる所にあり、戦後再建されたマニラ大聖堂のほか、カサ・マニラ博物館、サンチャゴ要塞などとともに、マニラ観光の中心である。マニラを訪問した時にはぜひとも一度立ち寄ってみてはいかがでしょうか。石造りの町並みは、喧騒の市内とは異質な空間を感じさせてくれることでしょう。■マニラホテル前、リサール公園脇にあり交通便利。 ★イントラムロスの
観光手配→VELTRA

Fort Santiago/サンチャゴ要塞

イントラムロスの北西の端にあり、かつては戦略上非常に重要な役割を果たしていた。もとは海賊を防ぐために造られていた木造の砦をスペイン人が城塞化した。その後のアメリカ統治時代、日本軍占領時代には軍司令部としても使用された。太平洋戦争末期、たてこもる日本軍への集中砲火により破壊されたが、その後改修、整備され、今では緑豊かな公園として解放されている。ここの一角にはリサール記念館が建っている。独立運動の英雄ホセ・リサールが処刑前まで監禁されていたところで、詩人、画家、医師でもあった彼の遺品を展示している。








a castle wall of Intramuros/城壁都市

現存するイントラムロスは、周辺4.5Km、面積64haで、ほぼ完成した当時のままの大きさである。初期の頃、この城塞都市の外壁は木や竹そして土で出来ていた。また住宅は主に木材の壁とニッパ椰子の葉の屋根できており、極端にぜい弱なものであった。火事や地震に弱く、さらに海賊の襲撃などで幾度か都市そのものが崩壊した。このような城塞の破壊と改修が繰り返えされることにより、堡塁の増設、外壁はより強固に、都市内部の建物や道路は石造りの構造物へと作り替えられていくのである。その結果、東洋一の強固で優雅な城塞都市イントラムロスが完成することになる。


A historical building/歴史的建造物

城壁内には、総督官邸をはじめ大規模な教会、修道院、病院、大学、豪華な住宅などが次々と建てられ、それらはスペイン文化の影響を受けたロマネスク風建築であった。これによりヨーロッパ風の特異な景観を持つ都市が東南アジアに出現することとなる。そのほとんどは度重なる戦争で破壊されたが、戦後から徐々に修復再現されつつあり、特に目をひく建物はマニラ大寺院Manila Cathedralと世界文化遺産のサン・アグスチン教会 San Agustin Churchである。



image of Spain/スペインの面影

1570年5月、レガスピはムスリム王ラジャ・ソリマンの支配するマニラに攻撃をかける。そして翌年5月にはマニラを占領、レガスピは初代総督としてマニラを首都と決める。その後300年余の植民地時代に、スペイン文化は深く浸透して、フィリピン固有の文化と融合し独特の文化や文化財を生み出した。イントラムロスはスペイン統治時代の面影をいまに色濃く残す地区として、多くの観光客を集めている。


the scars of war/戦争の傷跡

1899年2月に米比戦争が勃発。1941年12月8日、日米開戦と同時に日本軍はフィリピンに押し寄せてきた。フィリピンは長い歴史の中で、いろいろな国からの占領を受け、また否応なく戦火に巻き込まれて行った。イントラムロスには集中砲火によって落ちたビルの残骸や、大砲、日本軍が造った要塞の跡などが至る所で見られる。特に対戦中、数百人ものフィリピン人とアメリカ人が日本軍により投獄され命を落とした地下牢がある。

 


development as a tourist resort/観光地としての発展

イントラムロスの周りは美しいゴルフ場になっていて池の配置も奇麗で見ていて清々しい。城内はマニラ市内とは思えないほど清潔で静かな環境が造られている。聞くところによると何年か前までは、危険で汚い街だったそうだ。この中にある学校に通っていた人もあまりイントラムロスは歩くことはなかったという。近年それが改善されたらしい。今まで何度かマニラを訪れたが、イントラムロスは歴史的興味とは別に、何か安らぎを与えてくれる。城内を歩くフィリピン人たちもゆったりと雰囲気を楽しんでいるようだ。マニラの発展のためにもこの環境を守り、さらに歴史的遺産として受け継いでいってもらいたい。